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今日 徒然に感じたこと
今日 徒然に感じたこと を 文章に落としてみました。

やっと 日曜日 お休みが 取れました。
 といっても 朝早くから洗濯して 一雨きそうな空模様だったので コインランドリーに行き 
見ず知らずの若い奥様と軽く会話を楽しみ それから10時から5時まで パソコンに向かい 
来年に向けての企画と企業への提案を練ってましたけど。 

これからのことを考えるとフット不安になることがあります。
まぁ でたとこ勝負と 思ってますが 私の周囲には海千山千ばかりの味方のアドバイスと 
私のために真剣に問題解決してくれる人達が多いので 感謝でいっぱいです。

仕事を終えて ガソリンの給油のため立ち寄った スタンドで 雑誌を手にとって読んでたら 
ましゃがルーマニアに エイズ患者を お見舞いにいったようですね 冒頭だけ読んだので 
それくらいしか わかりませんが
多忙の中にも 自分の体を休めるわけでもなく 人のお役に立つために動いてるのかと思うと 
自分の忙しさを嘆いてた ころからと比べると 成長したんだなぁ と いたく感動しました。

僕 忙しい と逃げてばかりいる人は 人は何も頼まなくなり 
他人からの信用・信頼がなくなるのを 見てきました。

さんまの恋のから騒ぎで 男性経験がないことをカミングアウトして 話題の中心になった 
小林麻央ちょんも 年貢の納めどころとなった。
隠し子もいる 恋多き男 海老蔵が選んだ女性 麻央ちょん。

 これが 一般的な男性で 女好きで 家庭を顧みない 勝手気ままな 男性とわかってれば 
通常 一般的な女性なら 結婚は考えられないが 麻央ちょんにも 打算と周囲の思惑が 
強く働いて 両人をその気にさせたようだ。 

3年後に 修羅場が来るか 3年前に修羅場を迎えるかで お二人の 恋愛の本気度がみえてくる。
なぜなら 男女の恋の賞味期限は 3年なのだから。
と週刊誌記者の真似事のように 綴ってみました。

本当は何が言いたいかといいますと 海老蔵の 女性遍歴や 隠し子問題を報道しないのは、 
披露宴から締め出しを食わないため 各社 は一切触れないことに 決めたのです。

これが芸能ニュースだから 問題は小さいが 政治・経済の問題で 一切触れてはならない 
という 談合が 日本のマスコミにはまかり通ってることが怖いのです。

だから 本当のことを 真実を ぶちまけたいなら 談合など一切ない 
外人記者クラブで発表することを オススメします。

今日の龍馬伝 
薩摩と長州を結びつけたのは グラバーでもなく ましてや 龍馬でもありません
西郷どんです。
幕府から薩摩を守るため 地政学上 長州が薩摩の防波堤になってもらわなければ
なりません そのためには 長州を動かしてる人物達に信頼されてる 龍馬は 西郷に取っては 
うってつけの人材だったのです。

だから 西郷の肝入りで起業された 亀山社中の役目は グラバーや他の武器商人から 
武器弾薬を買って 長州に与えることでした。 
この通関業務には貿易業務に精通した小曽根家が 暗躍してたかもしれません。

そうです。 このアイデアを考え出したのは グラバーでもなく龍馬でもありません。
近年島津家から 公開された 「玉里島津家文書」の中から 下関で桂小五郎に会って 
その反応を薩摩藩に宛てた 龍馬の手紙が 公開されて わかりました。

すると なぜ長州にとっても 渡りに船かといいますと 朝敵とみなされた長州の汚名を 
払拭してくれるのは 薩摩しか いなかったのです。
だから 龍馬は 西郷どんの命を受けて メッセンジャーボーイの役目をしていたのです。

朝敵とみなされてた 長州の汚名を晴らすためには 薩摩と軍事同盟を 例え口約束でも
世間に明らかになっては 桂さん達に取っては 大義名分が立ちません。
 
だから 日本の将来を見据えた 坂本龍馬の説得で 軍事同盟ができた と 明治政府の重鎮としては
マスコミに発表するしかなかったのです。 これが真実です。

これがきっかけで 龍馬は一躍 歴史上の寵児として踊り出てきたのです。
そして 格好の歴史小説の売れっ子主人公となったのです。

こんなことなど 誰でも ジェットコースターに匹敵する 失敗と成功を繰り返して 
惨めな思いをしたり させられたりで 世間の荒波をわたってみれば 
実体験から分かることだと思うのですが いかがでしょうか

テーマ:情報の後ろにある真実 - ジャンル:政治・経済

イメージが一番大切
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福山龍馬のイメージは 己を捨て 悪者になってでも 
人を助ける 人間龍馬.

このNHKの龍馬伝のシナリオライターの 狙いは 福山龍馬のポジティブイメージを 
視聴者に焼き付けることナノであろう。 とうがった見方で観てしまう。

そして 視聴者を納得させ 感動させなければ 人は興味を持ってはくれない。

だから 歴史の流れを無視してでも 歴史上の人物の人格を否定してまでも 
悪役 善玉 を 創り上げて 視聴者に分かりやすく福山竜馬のイメージを 創作する。

これも視聴率のためであろう。 
これを観て考えさせられたのは 歴史上の人物など 描き方によっては 悪玉にでも
善玉にでも仕立て上げることができる。 ということである。
これも現代にでも 政治家や 学者などを 動かして 政治 経済を動かす 
シナリオライターにも 通じる物がある。

今日 久しぶりに 福山雅治のFMトーキングを聴いた。
たまたまドライブ中で 地域的にはなかなかFMの電波が入りにくかったが 
ましゃの デビュー前の話は 私の脳を活性化させる.

それは子供の頃の自分の置かれた環境と重なり長崎に育てられたという想いが 
自分と共感できる面が沢山あることから ましゃを身近に感じ取ることができ 
昔からの知り合いのような気がしてくるのである。

デビュー前 不安と希望を自分自身とともに寝台列車に載せて長崎駅を発ったときの気持ちや 
友人たちに涙を見せないため 初めてサングラスを買ったこと 
隣同士になった 孫に会いに行く 楽しそうな 旅となる 乗客の おばあさんとの会話 
の中での おばあさんがましゃに一言 「みかんば食べんね」 
そのましゃの回想の一言一言が うれし懐かしく響いてくる。
そんなふうで そんな彼の昔話は 私を 希望と不安が重なる若かりし頃へと回想させてくれる。

また 彼のデビュー前の 長崎弁がバイト先でおもしろがられたこと
から 長崎弁で押し通したことなど 何か しら 私と同じ体験をしてる と思えば 
彼が大スターになっても 身近に感じてしまう。

プロダクションのイメージ戦略のためには 今でも公表できないことも あるでしょうが
公人として振舞うには大変なことでしょうが あらゆるストレスなどをはねのけて 
長崎の良きイメージをいつまでも 語り継いでくれると確信しています。 

私と言えば 起死回生のため 今は 仕事に熱中しているので 
ブログ更新が一週間に一度になっていますが
ましゃを通じて出会ったあなた や コメントくださるあなたに お礼を言いたい。

私の拙(つたな)いブログを 読んでくださる熱心な あなたがいるので励みになります。 
当方のブログの読者のみなさま 何時までもありがとう。

希望があなたを支えている。

テーマ:龍馬伝 - ジャンル:テレビ・ラジオ

大河ドラマの舞台となる長崎
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ぐらばー邸の風景です。 長崎港に向かって大筒(大砲)が並んでます。
入り口にはイギリスの兵隊が 外人居留地を 幕府の官吏と一緒に 護衛についています。
日本人の手によってつくられた 豪華なグラバー邸は社交の場でも会ったようです。
コーヒーカップを片手に 大柄な外人が映ってますが
その彼が わかかりし頃の 野心溢れてた頃の 各藩に武器弾薬を売って ぼろ儲け
してた ころの グラバーです。 得体の知れないしたたかさが 感じられませんか

ましゃフアンのみなさん 
小難しい話題ばかりを扱ってたので マシャをモチーフ(主題)にしての記事は久しぶりです。

いろんなましゃフアンの方から 問い合わせなどが来ますが 分かる範囲でまたは 
公表できる範囲でお知らせします。 

たぶん彼のイメージを大切にするため 親戚一同には箝口令が敷かれてるのかも 
と考えられますよね  だから 外には情報がモレない仕組みです。 
または 誰もが蚊帳の外かもですね
だから 私も ぼかしを入れて 遠慮してまぁ~~~す。 

あぁ=~~~~ それでもなお熱心なフアンの方たちは
彼のコンサートや雑誌など入念にチェックして 彼の言葉の端々から 彼の事をくみっとってますよね 
私もそんな熱心なあなた方 フアンの方たちの 足元にも及びませんが 

彼のイメージを大切にして 彼の話題を 時たま拾っていこうと思います。

今は いろんな事情から 長崎にいないので 知らなかったが NHKのテレビニュースで 
長崎で 龍馬伝の撮影がスタートしたようだ。 

現代の風景が ドラマの 背景などに写り込まない場所はどこだろう と 
撮影場所をシュミレーションしてたが
グラバー邸 はどうにかクリアー出来るかもしれないが まさかの崇福寺 
こんな狭い場所でも 写し方 やり方ひとつで 幕末の風景が撮れるのだ と感心した。

これも厳密に言えば 情報操作のスキルかも  
あぁ~~~またぁ またァ ごめん また こむずかしいことを言ってしまった。

ここで アナウンサーが ましゃにインタビューしてた。
長崎の印象は?  
他の役者さんに訪ねるのは理解できるが 地元出身のマシャに聞くのも 
おかしな話で 彼も戸惑ってた 様子だ  
長崎出身として どこがお薦めか 長崎の特徴は 長崎について教えてください ならわかるけど

しかし そこは 長崎ふるさと大使 である 食べ物が美味しい 歴史深い場所であること 
を 説明していたのを 語ってたのが 印象的だった。
もはや そこら辺の長崎のおじさんではない (フアンの方 ごめん)

いろんな長崎出身の有名人を押しのけて ましてや マシャも裸足で逃げ出すほどの
カッコいい 蛭子さんは ましゃが憧れた 女生徒もいた 長崎商業出身で 
あのキャラクターながら 非常に 女性徒にモテたのです。 ・・・・・・    


というのは 真っ赤な嘘です。

前川清 さだまさし プロレスラー大仁田厚 蛭子さん を押しのけて  長崎の顔へと上り詰めた。 
もう今では 酔っ払ってハメ外すのもはばかるご時世です
イズミヤシゲルが言ってましたね 酔っ払った福山雅治は 最強の男だと 
イズミヤの口を通して語られる ましゃは面白いキャラクターになって 我々に伝わってきます。
 
マシャが語ってた長崎の深い歴史は
幕末から過去を振り返れば この長崎は豊臣秀吉の時代はキリシタン大名 
大村純忠がキリシタンに寄進した土地でもあったのです。  
長崎の狭いエリアの中に多数の教会跡地が点在してます。 

宝珠幼稚園のある淵神社も大昔は教会があり島原の乱後
の長崎のすべての教会は 焼き討ちにあい その跡地に 神社仏閣が建てられていきました。

天草四郎美少年で有名な 原城に隠れて あまり知られてないが 日野江城 
そして 島原の教会など ここの近くの口之津港から キリシタンバテレンが上陸してきたのです。

グラバー園でのテレビ画面に 後ろ姿しか映らない 誰かが 熱心に マシャを見に
来た人たちに 何か説明してるようでしたが  あぁ 福山さんかと思ったと のアナウンサーの 声で
誰かなとこの侍姿になったエキストラを見たら 私の知り合いで
 
龍馬の愛した珈琲を販売してる ナイスガイではないか 電話してみるか と思ってたら 
電話するのを忘れてしまった。

蛇踊りの撮影が 何回も何回も NGで蛇踊りの 担ぎて達は ダッシュ ダッシュの連続で 
おまけに 手の平が豆だらけに成っていた。
昔から伝わる あの重たいジャを担ぐのは並大抵の体力では務まらないのに 持ち上げるのも 
容易でないのに オーケーが出るまで 猛ダッシュを何回も何回も重ねて 
演舞のリハーサルに付き合わされてた。 それでも 頑張るそうだ 見上げた根性 
「ワイドンは ものすごか 根性バ しとるバイ」

私にはこのドラマ 龍馬伝は 史実を無視して どこまで どのようにして
 視聴者を楽しませてくれるのかが 楽しみだ。

今日のドラマも 幼友達 人斬り いぞう を探して 助けようとする 友達思いの龍馬 
またもや女性をとりこにした龍馬 龍馬の女房になる このお龍との出会いが ドラマチックに描かれてた。
なぜ龍馬は モテるのか たぶん女性の中で 育った環境が 無意識にそうさせるのでは

気難(きむずか)しくて 新品のパンツは気持ち悪くてハケないので洗濯してよれよれになるまで洗ってはく
小さな埃にでも 過剰反応をしめす 福山龍馬は 女性にとっては 常日頃 そばにいたら 
鬱陶(うっとお)しくて扱いにくい存在かも? ですよ

龍馬も姉に日本を今一度洗濯いたしもうそうと 手紙で大見得切ってましたが
彼は日本の掃除 洗濯が好きだったのでしょうね

フアン目線 カメラ目線 ディレクター目線 友人としての目線 男女のパートナーとしての目線 
スポンサー目線 男目線 女性からの目線 エロエロ目線 いろんな目線で見られてる
公人となったからには 有名税として 割り切らなければならない不都合も沢山あるでしょうね。

そんな話題が 雑誌 ブログ ラジオなど通して語られてますが
フアンのみなさんは 虚像と 実像を 事業仕分けしながら 
冷静なフアン目線で暖かく見てくださいね。



テーマ:龍馬伝 - ジャンル:テレビ・ラジオ

龍馬伝 江戸での剣術修行
ながさき鯨カツ弁当
ながさき鯨カツ弁当を 京王デパートでの駅弁大会に毎年出展しているが 
今年は龍馬にちなんで 龍馬が愛した茶碗に盛ったのを売り出した。 
全国ネットで紹介されたので 問い合わせの電話が鳴りっぱなしで 仕事にならなかった そうだ。

龍馬が江戸で剣術修行をしたという記録はない

龍馬に2度目の江戸留学で千葉定吉から与えられたといわれる 
眉唾ものと思われる 北辰一刀流長刀兵法目録が与えられている。 

長刀とはなぎなたのことであり 俗に言われる短期講習会修了証書が与えられてたと
言い伝えられているだけで また ドラマで出てきた 千葉佐那女 の名も連ねている とのこと。

何を言いたいかといいますと 龍馬が北辰一刀流に入門したなどと言う 
記録が確認されてはいない。
ただし西洋流砲術 佐久間象山に嘉永6年1853年12月1日に龍馬が入門している記録は確認されている。
このころに幕府の重鎮 後の龍馬の師となる 勝海舟と出会ってたのかもしれない。

安政2年1855年11月江戸から帰国したのち21歳の龍馬が 
12ポンドカノン砲を稽古撃した記録がのこっている。
だから龍馬は江戸では 剣術修行ではなく 大砲を撃つための学問を学ぶために 
日夜勉学に励んでいたと大いに推測することができる。

目標物に当てるためには 物理 数学 などに詳しくないと弾道計算などできない。
ゆえにオランダ語にも精通していたと容易に推測できる。

福山龍馬の面白さが 魅力が 脚本家の手によって 伝わってきた。 
また ドラマの構成がよく出来ていて感心させられた。 
ただし 女郎屋で調子の良いキャラで 桂小五郎が出てきたのには 驚かされたし
桂小五郎も草場の影で びっくり仰天有頂天ではないだろうか?

テーマ:ドラマ感想 - ジャンル:テレビ・ラジオ

NHK大河ドラマ 龍馬19歳の時の出来事
龍馬の道
寛永6年1853年3月17日土佐藩に15ヶ月の暇を願いでることにより
江戸での剣術修行の許可を得る。 龍馬19歳

ドラマの中では、江戸へ 旅たつ龍馬に、すべての面で 龍馬に嫉妬心を持った弥太郎が
通行手形を偽造してまでも 龍馬に勝手に随行する弥太郎となってるが 

事実は 寛永7年1854年 21歳の時 弥太郎は遊学の為 
土佐藩士に随行して江戸へと上った。

徳川幕府は関所を設けることにより 各藩士や一般庶民に通行手形(パスポート)を発行
することにより 民衆を武士をコントロールして監視していたのが実態である。
だから捕まったら 治安をみだす不届き者として打首獄門を覚悟しなければならない。

江戸での剣術修行に 父八平直足(なおたり)が龍馬に持たせ、 したためた認(したた)めた 
修行中心得大意 を読んでみると 息子 龍馬への心配からくる 彼の実像が浮かび上がってくる。

その内容は
1、忠孝を忘れず修行第一 
2、諸道具に銀銭を費やさない 
3、色情に心を移し国家の大事を忘れない。


ひょっとしたら 
剣術修行よりも 人がなんと言おうと 自分のやりたい事が大事というタイプであり 
実家が金持ちだったことから欲しいものがあれば衝動買いをするタイプだったのでは 
また結構ドラマのように女性にモテたのかもですね 
そんな女性の心をつかむのが上手だったかもですね
だから 親や姉の目の届かないところで自由奔放に振る舞い 
女性で失敗するのではと 心配の種だったのかもですね

こんな事実から 彼の実像が垣間見れて 面白い。
 

テーマ:ドラマ感想 - ジャンル:テレビ・ラジオ



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