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坂本龍馬暗殺を再度考えさせられた。
P1090418.jpg

とうとう龍馬伝が龍馬暗殺により完結されましたね 福山龍馬や脚本家など
NHKのそうそうたるスタッフは視聴率が気がかりで大変だったろうと推察いたします。
だから史実を無視して 視聴者が興味を持つような描き方には無理もないと思ってますが
もともとは岩崎弥太郎を新春特番として描くつもりが 篤姫があたったばっかりに 
急遽龍馬伝が大河ドラマとして放映されることになりました。

だから これを覆(くつがえ)された三菱のアナリストにとっては
大変無念なことであったと推察しております。
さらに視聴者にはわかりやすく見せるために 岩崎弥太郎を悪役として脚本家によって描かれました。

史実を無視して 人々に興味を持たせる描き方は 私なりに勉強になり 
史実を歪曲させた司馬良太郎の竜馬がゆくが 大ヒットした理由が わかるような気がしてきました。
また 私事ながら 誕生日プレゼントに なぜだか岩崎弥太郎に関する本をプレゼントされて 
いささかびっくりしており これを機会に 岩崎弥太郎の生き方をじっくり考えてみようと思ってます。

私が幕末に興味を持ったのは なぜ太平洋戦争が起こったのかを二十代前半の頃 
卒論のテーマにして考えていたら 私の癖である とことんわかるまで調べだしたのが
きっかけで西洋の侵略に抵抗してた 大悪党といわれてでも藩閥政治を無視して日本という公に生きた 
大戦略家であり 不世出の大外交官の男の生き様を見せた勝海舟を知ったことがきっかけでした。

教科書には書かれていない 裏側から見た 複雑で藩閥政治が入り乱れた分かりにくい
幕末に活躍した幕末の志士である若者たちを観察すると
西洋の金融資本が日本の優秀な若者たちを 海外へ密航させて 西洋の素晴らしさを見せて 
西洋を見習わなければ 日本の発展はないと洗脳させて、 開国という錦の御旗のもとで 
幕府側と 倒幕側 との2大勢力を作り出し その両者を仲たがいさせて いわゆる日本を 
大きく分けて 二つに分断して 争わせる ことにより 
西洋の金融資本が漁夫の利を得ることを画策していた。

と このようなシナリオがナポレオン戦争以来 戦争により金儲けをしてきた
金貸しのロスチャイルド家が書き上げて 演出するのは  ロスチャイルド家とのつながりを持つ 
シャディー・マセソン商会 であり 演じる役者を集めるのは トーマス・グラバーであり 
何も知らずに、それを演じたのは グラバーのもとに集まった 野心野望に燃えた 
坂本龍馬 岩崎弥太郎 伊藤博文 五代厚志 など若き獅子たちであった。

幕府と倒幕派との戦いを 戊辰戦争と呼ばれた いわゆる内戦を見通して アメリカ南北戦争終結により 
有り余った大量の武器弾薬を仕入れて上海にストックしてた シャディー・マセソン商会であったが 
倒幕派から公武合体派に思想転向した龍馬によって 土佐藩を説得することにより 
徳川慶喜公により大政奉還が成立したことから  日本の大規模内戦を勃発させることによって
武器弾薬の大量消費を描いてた計画が崩れることになり グラバーを操って、
日本の利権を手に入れようと極東支配を画策してた 金融屋ロスチャイルドの融資先 
シャディーマセソン商会は 薩摩がグラバーから武器弾薬購入で膨大な借金をしていたことから 
大政奉還をやらせた龍馬が邪魔で 債権者であるグラバーの命を受けた 債務者である薩摩が 
西郷に命じて 暗殺させた。

と、多くの龍馬暗殺の動機として語られて いくうちに それらしき物証、証言などにより検証されて 
状況証拠だけが 一人歩きをして 証拠もないのに 憶測だけで、いつのまにやら 
薩摩藩の西郷隆盛の指示によって 幕府側の見廻組が 実行したことになっていった。

 イデオロギーが全く違う倒幕派の薩摩と 幕府側の佐幕派の見廻り組の接点がどこにあるのか 
推測だけが一人歩きして 何の証拠もなく 薩摩が密かに裏から手をまわして 
倒幕に邪魔な龍馬を暗殺したとなってる。

人々は世の中の不平不満を講談の中でうっぷん晴らしをして 娯楽の夢を描き、
 為政者は 自分達に都合の良い英雄を作り出し、庶民の不満のはけ口を英雄によって 鎮静化させる。

そんな やり方にピッタリと当てはまったのが 坂本龍馬である。

 尊皇攘夷派や佐幕派や開国派 などイデオロギーが複雑に絡んだ幕末の混乱期の時代において、
幕府の人々は誰が 何を考えてるのかわからず 不安だけが先行し 密偵によりもたらされる情報を元に 
倒幕派とみなされれば 京都の治安を預かる 見廻り組や新撰組によりいきなり逮捕されたり 
殺害された時代である。

その中の一つとして 薩長の動きを内定してた 密偵によってもたらされた情報によって
龍馬寺田屋襲撃が実行され これに逃れた 龍馬は 公武合体派に転向しようが 
京都の治安を幕府から預かってた松平容保の命令ない限りは、幕府の側からすれば 
いつまでもお尋ね者であった。
そんな事を考慮にいれれば アメーバ―のように組織がくっついたり 離れたりしてた
内ゲバ学生運動盛んな時代と同じ イデオロギーによって 殺害されたのかもしれないです。

そもそも定説によると 大政奉還を成立させた 龍馬は 武力による倒幕を決意してた
薩摩や長州の倒幕派を震撼とさせたことになっている。
が ・・・・
大規模 内戦を避けたかった 龍馬のアイデアは 徳川幕府が朝廷に政権を返上することにより
倒幕派の大義名分がなくなり 幕府と倒幕派 も無傷で残り
イギリス、フランス、ロシア、アメリカなどが介入することもなくなり 日本は独自で
改革ができて 清国のように西洋の植民地化を防ぐことができることから 
後藤象二郎を説き伏せて 山内容堂公を動かしたのである。

だから すでに大政奉還が成立してるのにも関わらず、龍馬を葬(ほうむ)っても 
何の得があるのだろうか
もし 薩摩藩が下手人であるならば 恨みつらみだけで 現実的には不可能としか考えられない、
イデオロギーがまったく違う殺し屋に頼んで殺害したことになる。

P1090416.jpg

そこで龍馬暗殺犯人の実像に迫ってみた。 
現場が遺体が事件を語ると検死に当たる人が言ってたが
この写真の日本家屋(かおく)のように現場は天井が低く、京間の部屋は狭く 
長い刀では チャンバラには不向きである。  池田屋事件で立証すみだ。

京都の木造の階段の作りは そろりそろりと登ってもきしむ音がして 人の気配をすぐに感じる。
 そして ひとつ部屋を隔てた京間の奥の狭い部屋にいたのを察すれば奇襲攻撃など絶対に無理がある。 
寝込みを襲ったのであればまだ考えられないこともない。

映画などでは観客のために迫力ある暗殺の現場を描けばいいのだから 現場検証など無視してしまう。

さらに付け加えると 初動捜査に不備がありすぎて 刀の鞘や 片方の草履などが残されていたが 
最初から新選組の仕業と決めつけての 初動捜査が 証拠物件や実行犯の
手がかりが分からなくなってしまった。 

掛け軸や屏風にかかった龍馬の血痕から察すれば 背の丈180センチ近くある男の額を
深く致命傷になるように脳にまで達するように真横にえぐることは
長い刀では難しいし 柱(ハシラ)が邪魔になる。そして横一直線に飛び散った血痕が低すぎる。
もうひとつ証言で気になるのが 十勝川郷士を 訪問者は名乗ったことである。

幕府の御尋ね者であった龍馬は 非常に警戒心が強かったと思われる。
なぜなら 居場所をそのつど変えてたからである。 
その時は風邪をひいてて
住む部屋を変えていたのである。
それをすんなり見知らぬ訪問者に居場所を教えるであろうか。

ということから 龍馬と顔見知りの十勝川郷士と思われる。
 そしてお互い 長い刀は離しておき両者膝詰で座った位置から 
「坂本先生も元気でご活躍されてることが風のウワサで伝わってきますよ」 
「いやいや貴殿も元気そうでなによりですな」 という会談の途中 
いきなり十勝川郷士の鋭い短い刀での特徴ある居合抜きで 片膝ついての真横に額を払われ 
そこで龍馬が後ろにある刀を屏風を倒しながら取りに行こうとした時点で背中を向けた時に 
十勝川郷士の居合抜きの特徴である第二弾のたちが上から下に袈裟固めに背中を切られたのである。
その血痕が屏風にぼたっと落ちる形状をした血痕として残った。

この居合い抜きの剣術は 土佐勤王党 の剣術にも見られる。

片膝をついたまま剣を横に払い すぐに袈裟固めに上から下えと振り下ろす。
これは神業とも思える一瞬の出来事であったと思われる。
なぜなら後ろに控えてた中岡の反射神経をもってしても どうすることもできず
隣の部屋に控えてた 見廻り組のものが電光石化 不意を突かれた 中岡を奇襲攻撃したのであろう。

被害者や刑事事件の証人の証言など 信ぴょう性にかけるのが常である事は 
現場や遺体が常に物語っている。
初動捜査の不備を前提にして中岡や他の人の証言を無視して現場と龍馬の遺体の刀キズから分析してみました。

幕府の人間でありながら 勝海舟は藩閥政治を一掃しなければ 清国(中国)のようにヨーロッパ
の植民地になることを苦慮してた 勝海舟の教えを受けてた 龍馬は、 
大量の武器弾薬の買い付けの時に気づいたグラバーの目的である 日本での大規模内戦を阻止しなければ 
日本はヨーロッパ列強の植民地となると考えて 
とった行動が 倒幕派から公武合体派へと 思想の転向を行い 大政奉還へとつながっていったのです。

この江戸末期のころの日本は西洋の植民地になるか ならないかのまさに瀬戸際であり
 藩閥政治を捨て 「日本という 公に生きた。」 大戦略家 勝海舟と 
その一番弟子である坂本龍馬によって 日本の植民地化は阻止されたのです。

大政奉還を決断した 徳川慶喜公、 慶喜公を説得した勝海舟、 
後藤象二郎を動かして土佐藩主を説得した 坂本龍馬は 日本の恩人だと思います。

人間として 人間らしく 日本という公のために 若くして散った 龍馬は 西郷隆盛と同列の
人間教徒ととしての殉教者として 何時までも 英雄として人々の心の中に生きているのです。
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テーマ:龍馬伝 - ジャンル:テレビ・ラジオ

この記事に対するコメント

ご無沙汰しております。龍馬伝終わってしまいましたね。

本当に日本の恩人の龍馬さんにマンタサンの最後の2行届いているはずでしょうね。
今の混沌とした世界情勢にひとたらしはいないのでしょうか。
多くの知恵を授かり自ら動く、足を運ぶ、そんな龍馬さんのような心根を持った人
またれますね。

【2010/12/03 13:35】 URL | kurikri #- [ 編集]


坂本龍馬は 物書きや 時の為政者に利用されて
イメージだけが選考してしまい
実像がなかなか 描かれなくなってしまいました。
それが 残念です。

藩閥政治を超えた 日本のために江戸城無血開場に
命を掛けて尽力を尽くした 侍がもう一人いました。
それは 山岡鉄舟です。
【2010/12/05 23:46】 URL | マンタ #8IGD9dRc [ 編集]


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