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高校野球から理解できる日本人の本音と建前をつかさどる意識構造
高校野球から理解できる日本人の本音と建前をつかさどる意識構造
旧態前たる高校野球連盟

他国の農業と日本型の農業と比較してみれば日本人の構造的行動規範がうかがいしれるのです。
東南アジアなどでは、米は年3回取れるから自分の好きな時期に適当にもみをまけばよい。
アラブでの農業は麦をばら撒いた後は稔った頃に戻って来て、適当に個人・個人のスケジュールに合わせて刈り取ればいいのである。

千数百年前から日本の稲作は春夏秋冬という季節のローテーションを通じて梅雨時期の田植えから秋の稲の刈り入れまで、スケジュール通り行わなければならない状況へと追い込まれたため、皆が同じ行動をとらなければ稲作ができずに餓死する状況となり、日本人は「小異を捨てて大同につく」という指針を行動規範としなければならなかった。

すなわち[連帯責任]という絶対的規範を宗教の戒律のように律儀に守らせなければ稲の刈り取りが不可能となるのです。

だから日本では、 アラブと違い、独裁者がいなくても同一方向に進むように訓練されてきたのです。
皆と違う意見を唱え、行動すれば人間性を否定され、そして村八部になることを意味することになり、それは餓死へと繋がったのですから。
このように千数百年前からこのように「村落共同体」維持が必要不可欠であると意識付けられみんなと同じでなければならないと訓練されてきたのです。
何度も言いますがこの伝統は太古の昔から日本では、人々に受け継がれてきたのです。 

昔も今も、今は小中高校生の間で「空気を読めない」は、「周りと協調性がない、あるいは持とうとしない」とほぼ同義語となり、「読めない」子は周りの子から排除されるのです。

良きにつけ悪しきにつけ「村落共同体的協調性」が受け継がれ、空気の読めないやつは仲間から排除されたりしているのが現状です。 周囲が間違っていても、その場の空気に従い同一行動をとらなければ村八分になるのです。
だから皆と同じでなければならないという悪しき意識的慣習が遠い昔から続いてるのです。
年月が経ちあのときのことを振り返ったとき、何故あんなことをしたのだろうと思い起こしたときに必ず言われる言葉が 「あの時はそういう空気だったから仕方がなかったんだよ。」と回顧されるのです。

広陵の監督は球審に対して抗議したくても個人レベルで責任を問われるのではなく連帯責任という形を背負わされるのです。

だから[連帯責任]という絶対化された規範のために身動きできない日本人の意識構造を形成してるのです。

組織を維持するためには何もしてはいけない、波風を立ててはいけない、何をするのかなど考えてはいけない。だから何も言わせない、何もさせない 他人と違うことをしてはいけないが 高野連の考えとなっていくのです。 
一昔前の年功序列を規範とした会社組織を研究してみれば判ると思います。

the end
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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

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