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トーマス・グラバーに思うこと (2)
トーマス・グラバーに思うこと (2)

トーマス・グラバー


彼の功績は結果的にあくまでも結果的にではあるが多くの日本人を
開国に目覚目させ、歴史にのこる日本人達の力となっていくのでした。
彼は、この異国の地で何を思い、何を志して行動したのであろうか。
ただの金儲けだったのが、西南雄藩の売掛金がとどこうり、シャディー・マセソン商会への借金の返済が難しくなり、苦しんだ結果の行動が儲かりそうと思えるビジネスには次から次へと手がけていったのが真相ではないでしょうか。 

長州ファイブのイギリスへ密航の手助けをしたのも彼といわれてるが、当時の長州藩は激しい攘夷運動に燃えており、 お得意さんである薩摩藩は反攘夷に燃え 犬猿の仲といわれる薩摩と長州 そして まさにイギリス艦隊が薩摩を攻撃しようとしてるときに 横浜からイギリスへ密航させる離れ業をやってのける 意気に感じた長州ファイブは晩年の彼を手厚くもてなし 伊藤博文は邸宅をプレゼントしてるということになってるが、実際は密航に手を貸したのはシャディー・マセソン商会横浜店代表S・J ガワーだったのではないか。 

多くの幕末の志士たちに影響を与えたグラバーを調べていくうちに倒幕派から見た明治維新が見えてきたし、 

そして徳川でもない、ましてや薩摩や長州でもない日本という公に命を懸けて駆けずり回った、勝海舟から見た明治維新、 
この2面性から見ないと 明治維新はわからないと確信しました。 

そして両者から影響を受けた坂本龍馬を研究することにより、
外圧でしか変革ができない日本人の保守性は何から生まれたものなのか、 そして これからの日本の未来の展望と日本人の気質が少しでも解明できるのではないかと自分ながら期待しています。
 まさに「歴史に学べ」ではないでしょうか

グラバーはイギリス政府の政策である、日本植民地化に手を貸したつもりが、結果的には、日本人のための日本の産業発展に手を貸したのである。
その対価が1908年明治41年 グラバーの人脈である 伊藤・井上馨の申請で 勲二等旭日重光章を授与にいたったのです。 
次回はグラーバーとフリーメーソンとの関係を投稿してトーマス・グラバーを完結させようと考えてます。

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テーマ:歴史上の人物 - ジャンル:学問・文化・芸術

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