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グアム島で通り魔による 無差別殺傷事件が発生
グアム島で通り魔による 無差別殺傷事件が発生して
 日本人観光客3名がなくなられましたね。 お気の毒です。

あなたも私も 事件に巻き込まれないためには細心の注意が必要です。
そこで通り魔殺人に巻き込まれないため フィリピンにいたころの体験から
考えてみました。
道を歩いてても後ろからいきなりはがいじめに遭い、首根っこを押さえられて 
身動きが取れない間にポケットの中に手を突っ込まれてお金を抜き取られる。
フィリピンでは突発的な停電が日常茶飯事に起こるが ファーストフード店などでは、
暗がりの中で行われる強盗など 四六時中気が抜けない。 
だから停電になったとたんに 外に素早く出るのが鉄則であった。
前から来る男や女の動きも気になる 不自然な動きをしてるのを発見すれば、
近づかないように心掛ける。 人の塊を避けて回り道をしてでも人だかりを避ける。
見知らぬ女が話しかけてきても無視すること。
セットアップ強盗と呼ばれる美人局には引っかからないように心掛ける。
美人局には警察官が主犯格だ。

そこで、学んだことは、刃物を持った不審者に背を向けて逃げたら 
絶対に追ってくる なぜなら無抵抗な人間ほど目的を達成しやすいからだ。 
だから自分だけではなく そこに家族がいるなら必ず抵抗すべきであり、
相手がひるむまでとことん戦わなければ 自分自身の又は家族が危害を加えられ
家族を自分自身を守ることができなくなる。
例えば 暗がりの中で襲われて 誰かに助けを求めても 誰もが恐怖が先立って躊躇する。
だから 必ず 火事だ と叫べば 家の中から人は、一目散に出てくる。

刃物を持った人間に抵抗するなら上着を脱いで相手の頭にかぶせて視界を遮って 
刃物を持った手をバッグなど凶器になるものでおもいきりたたきつけてとことん戦えば、
その数秒の間に 周囲の人間たちが助けてくれるかもしれない。
ここで一番してはならないことは刃物を持った人間に、いきなり組みついてはならない。
距離を保って 素手で戦わないことが鉄則だ。

心理学の実験から攻撃的刺激は、攻撃対象者が見えることにより攻撃は抑制され、
見えないことにより攻撃は促進される。
この実験から私なりに学んだことは、攻撃する人間から逃れるには相手に
背を向けて逃げるのではなく、立ち向かうことである。

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テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

あるフィリピンブログから気づいた危険な思想の芽生え
フィリピンで起業したある社長のブログに頻繁に出てくるフィリピン批判を読んでて
 私も共感を持ちながら読んでいましたが あまりに頻繁に書かれているのを読みながら
気づいたのは だんだんとエスカレートしてきて 誹謗中傷とも受け取られるようになり 
何か危険な意図でもあるのかと危険視するようになりましたので 
このブログに投稿されたAさんのコメントに基づいて説明していこうと思います。 

また何故当方のブログに載せるかの説明を致しますと 
私のコメントをこのフィリピンブログは削除されるので 危険な思想に発展する恐れがあると
警鐘を鳴らすためにも 当方のブログで紹介してみました。

 「人間性にバイアスかかってるから仕入れる情報もバイアスかかってるのか 
あるいはその逆なんでしょうかねぇ(笑い)」 
私はこのAさんの投稿コメントから深く考えてみました。

コメントをもらった本人は 何か私がろくでもない人間のような気がしてきました。
との事なので 反省してるのかと思いきや ただの反論でした。

人はバイアスを通して物事を見たり聞いたりさらには体験をすると 
論理的に物事をまとめたり考えたりすることができずに 根拠に基づいた冷静で客観的な
思考力がなくなり 思考停止に陥り 自分を中心にした考えにふけってしまい。
本人と同一の意見を持つ人間とだけつるみ 本人と少しでも意見が異なれば 
その異なる人間を攻撃・排除する習性がある。
さらには、 他人の忠告や助言を聞く耳を持たなくなりメルヘンの世界に入り込み 
いつの間にか周りの人間を巻き込んで 大きな問題へと発展していく。 

その彼は、フィリピン人の何事にもルーズであっけらかんとしたところを指摘して
さらに平気で警察ぐるみで犯罪を犯す民度が低い民族であるとのブログの中で紹介してますが 
それは私も含め誰もが認めますが、 こんなことを仲間内での話題にするのなら理解もできますが、
フィリピン人も含めて世界中の人権団体がウオッチングしてるかもしれないことも視野に入れれば 
だれもが見られるブログの中で人種的偏見と思える発言を平気ですることに 
ものすごい違和感を感じて 日本人の身に危険が及ばないか危惧してしまうのでした。 

彼に対して反論の 多くのコメントが寄せられるが 自分との同一意見だけは採用して 
後は削除して ストレス解消のために自分のブログがあることをご理解くださいと 
自分を正当化させる手法に出ており。 まるで幼稚な子供の論理を押し付けてくる。

さらには 今がアジアに進出する絶好のチャンスだと ブログの読者を煽り 
業者と結託したような文面が見られたかと思えば  
フィリピンの官も民も ユルイ規律しか持たない。 
こんな程度の低い民族の国で起業した自分に怒ったりしてるが フィリピンの会社をたたんで 
帰国する勇気も持たないことに悔んでおり 彼の強い怨念から生まれる人種偏見の危うい思想が 
フィリピンの日本人社会に蔓延したら 人種差別へと発展して 
世界の暴動の原因を知る限りにおいては ちょっとしたきっかけで 
日本人がフィリピンで大手を振って歩くことができなるかもしれないことを
念頭に入れておくべきである。

フィリピンブログの管理人はフィリピン人と日常の中で 仕事の中で 従業員との間で
常にトラブルを抱えており この悩みを 我々同胞に訴えて みんながかかえてる悩みを
解決不能だと訴えて 皆さんはフィリピンが好きですか 私は嫌いですとフィリピンで
だれしもがかかえる問題を投げかけて フィリピンが好きですとコメントされた方には 
2年後が楽しみですね 吐き気を感じるほど嫌いになるでしょうと 幼稚で攻撃的な反論をしてくる。 

そして それが他国で起業しても同じ問題が付きまとうことに気づくこともなく 
フィリピン人と比べれば、自分に厳しく自らを律する道徳感あふれる日本人の我々は
優れた民族であると主張して トラブルの原因を作りだしてるのが自分であることに
気づいてはいない。 それが一番の問題なのだが である。

誰しも外国でビジネスをすれば 世界を見渡せば、日本のその場の空気に支配される
特殊な環境の中で育ち教育を受け 契約書が要らない口約束でビジネスが成立する世界から見れば 
わが道を行く 規律を守らない 身勝手な フィリピン人のいい加減さにはだれでも
悩み頭に来るであろうが 人々がそのユル~~ーイある事象に対して本人が抱いている
恨みの感情を利用して、自己の主張を認めさせようとすることは
詭弁であることに気づかねばならない。

人はバイアスを通して物事を見ると、論理的な思考力が麻痺してしまうということです。

私もフィリピン人の時間を守らない約束を平気でホゴにする性格のために 
その都度の計画変更を何度もさせられ そのことについて なじったら 
ドライバーとして雇われた彼は、私に殴りかかってきた。 
それはベースマンと呼ばれる夜中のビルの地下にある駐車場の中で目撃者はマニラ市長の
複数の顔見知りのボディーガードだけであり 日本人である私には 誰も味方はいなかった。 

ハンフリーボガードを気取った初老のボディーガードは不気味にストライブのかかった
背広のホルスターにしまったリボルバーを私にちらつかせて威嚇してきた。  
だから まずは黙って殴りかかってきたドライバーにサンドバッグのように殴らせてやったが 
私の鍛えた体は 彼のパンチをものともせず 彼が疲れたタイミングを見計らって 
回し蹴りを太ももに一発だけヒットさせたら うずくまってしまい戦意喪失となり 
市長のボディーガードのリーダーが仲裁に入り事なきを得た。

まずフィリピンの法律は たとえフィリピン人が悪くても殴った外国人が
モンキーハウス(刑務所)行きなのだが 私は助かった。 
それからは、殴り合いをした彼は 私を何度となく助けてくれるようになった。 
例えばシンガポールでフィリピン人メイドが雇い主に殺されたとき 
フィリピンではシンガポール人の排斥運動が起こり、
私は よくシンガポール人と間違われてレストランでは入店を拒否され 
街のチンピラからは からまれたが 彼が体を張って助けてくれた。

いつ何時何かの偶然から日本人排斥運動かて起こるかも知れないことを
想定範囲の中に入れてれば 世界の人権団体から反感を買うであろう 
幼稚な優生思想をブログというツールを使って公言するべきではない。

異なる文化圏の中では外国人が生きていくには、否が応でもその国の慣習に
順応しなければ人間同士の信頼関係は生まれない。そして安全な生活は得られない。

自分のいやな体験から恨みに訴えて他民族と比べて 
我々が優れた民族であると主張すれば 日本人と比べられたその民族の民意は低いと
蔑視・否定する思想が生まれる。
その優生思想が根拠となり人種的偏見というバイアスがかかり 至極当然のように 
罪悪感も感じずに人種差別が生まれる。

このあるフィリピンでビジネスをしようというフィリピンブログから 
その危険な優生思想が日本人の間に蔓延して暴力沙汰に発展して
日本人排斥運動が起きないことを私は、願ってやまない。

テーマ:伝えたい事 - ジャンル:ブログ

メイド
昨晩、テレビで 年齢を重ねた 今だにフィリピンの民衆に人気のあるイメルダを見て
私の 身の回りの世話をしてくれた フィリピンのメイドを思い出した。
この写真はフィリピンの中心でのブログからお借りしました。
当時このあたりに住んでいました。

メイドという言葉も秋葉原のメイド喫茶ですっかり日本でも定着しましたね。
上京するたびに一度は訪れてみようとは思うのですがまだ行ったことはないのです。
フィリピンでメイドを雇う場合日本人家庭での問題は、 家庭用品や小物が少しづつなくなることでしたが、
会社の部屋に住み込みで働いていたメイドは、お金も、物もなくなることはなく、信用できる人間でしたが、
そんな彼女にも日本人のボーイフレンドができてからは急須や湯のみなど家庭用品の小物が
少しづつなくなっていくのでした。 

そのことについて尋ねれば、落として割ったという報告なので、割れた残骸は?
と問えば捨てたとのこと、翌日また割ったので証拠を私に見せるといって、残骸を持ってきた
彼女の態度は、私は潔白だといわんばかりに誇らしげにしてるのが非常に印象的なのでした。
(わざと落として割るなよ!)

ボーイフレンドを紹介せろと言えば、お前には見せられない、お前と違い純情な男だ 
といわれたときは、(ウソつけと!)返す言葉がありませんでした。
そんな片意地張ってる彼女こそ純情そのもので、私は、フィリピン崩れの男の素性を知ってたので
騙されなければいいけどと逆に心配して、俺に会わせろと迫りましたが、
絶対に会わせてはくれませんでした。

彼女は炊事・洗濯・身の回りのことはよくしてくれましたが
機内で食事中にドレッシングで汚した私のスーツをホテルのクリーニングに出すために
洗濯かごに入れてたらメイドから洗われたときのヨレヨレの背広を見て、
日本から来てたスタッフから笑われてしまいました。

料理では、私がやせていくのを気にしていたメイドは、
私の料理は、 まずいのかと聞くので まずいといえば怒り、
マサラップ(美味しい)といえば ボラボラ(適当なことを)いうなと怒り 
おれはどうすればいいのか 途方にくれるばかりでした。!!

シェラトンで知り合ったホテル専属の歌手であるフィリピーナからのお誘いの電話が来れば、 
お前は何者だとねほりはおり尋ねて、怖がられていました。

夜遊びをして夜中に帰ってくれば、今、何時だと思ってるんだと姉のような説教を
のたまって早く帰って来いと叱られるなど、いい面も持ち合わせてはいました。
お前はマガンダババエ(美人)を見れば、「カリワ・カナン」(右 左)で良くない、
一人のババエに「デレッチョ・デレッチョ」(まっすぐ)しとけとタガログ語と英語を
ミックスして女性との交際について説教されたときは タガログ語や英語をどのくらい
オレが理解できてるのかよく観察してると思って 感心したものでした。

そんな 怖~~い彼女は、 トラブルメーカーとして会社の男性・女性のスタッフなどから
扱われていて、 それは、まるではれものに触るようなあつかいを受けていた 
こわもての最強メイドでした。

メイドとしての契約書を交わそうとした時は、私のことをメイドとは何だと 
怒り出して挙げ句の果ては パフォーマンスなのか 契約書を破り捨て 
契約書のメイドという言葉を外せと抗議するので メイドに変わる言葉は何だと尋ねれば 
ヘルパーだとのことでした。

そんな強烈な個性の持ち主なので、フィリピン人スタッフが床を汚しても私の契約範囲ではない
ということで絶対に掃除をしないし 自分は日本人を世話するために雇われてる 
のであってフィリピン人のお前が床を汚したのだからお前らが 汚した床をふけ 
片付けろ とジャマイカのオティーが怒った時のような顔つきで 命令するのでした。
マラテ
マーケット

そんな強面の彼女も マラテの市場に買い物に一緒にオトモした時 
市場のニイチャンやネエチャンから オレのことを誰か尋ねるので 
オレの口から ボーイフレンドだと 答えたら みんなから やんやと冷やかされてた時は 
顔を真赤にして ハニカムなど 純情な面を持ち合わせてたが 
その日は、 一日、口も聞いてくれなかった
しかし実に ジャマイカの短距離走選手のオッティーによく似てたな~!


テーマ:こんなことがありました - ジャンル:ブログ

アメリカの世界戦略を皮肉った風刺画像

サッカーアジア大会準決勝の日韓戦を見て思ったのは 韓国と互角に戦える程に
成長した日本に感動しそしてGKの川島の活躍でPKで 勝った事に興奮してしまい 
 日本の精神面の強さが感じられて嬉しかった。

ホセ銅像
フィリピンの英雄 ホセ。リサールの銅像

私のいたころから現在に至るフリピンの移り変わり行く風景を楽しませてもらってる
ブログの画像を拝借して久しぶりにフィリピンに駐在してたころ思ったこと感じたこと
体験した出来事を書いてみました。
お借りした画像の ブログのタイトルはフィリピンの中心で愛を叫ぶ です。
 
彼の写真には ひきつけられるものがたくさんありますが この
フィリピンの英雄 ホセ・リサールの銅像の下でおどけた格好をした白人が写ったこの写真を拝見したとき 
私は即座に アメリカの占領政策を皮肉った 一枚のすばらしい風刺画像として捉えて見てしまいました。
この写真を写した本人は ただ邪魔だからどいてくれないかなとだけ思いながらとったそうです。

フィリピンの英雄 ホセ・リサールとは
 フィリピンの独立運動の闘志として有名な国民的英雄である。
彼の存在を知ったのは 遠い昔 中古船舶の輸出でフィリピンに駐在してたころ 
フィリピンに深くかかわるようになったことから スパニッシュ系の彼女が 
私にこの英雄の存在を案内してくれたことから この国民的英雄を知ることになったのです。

このフィリピンの国民的英雄を知る前は 私の中のフィリピンは太平洋戦争の激戦地であり 
対日感情は悪く 遅刻や無断欠勤が目立つ いささか勤労意欲に欠けた国民性であり、 
あらゆる機関の公務員は何かにつけて頭に来るほど日常的に賄賂を要求するし

ガンショップ
ガンショップ
治安は最悪で インフラは 発電機が必要なほど停電が日常的で

交通マナー
大通りから抜け道に入ってもドコモかしこも車の渋滞 渋滞 
車の渋滞はいっこうに解決されていません。
環境は日常的な車の渋滞で排気ガスが充満してマニラ市内は臭くて おまけに挑発的にクラクション
を鳴らして強引に路地裏から割り込んでくるバカタレも多く 譲り合いの精神などかけらもなく
よくけんかにならないなと思うほどの最悪の交通マナーの持ち主が多かったのを鮮明に覚えています。

殴り合いの喧嘩になったことを想定してフィリピンでのアウエイでの喧嘩は
フィリピン人を殴った外国人はたとえフィリピン人が悪くても殴った外国人が悪いとなる
法律があることからヒッテンドランを基本にしてことを構えなければならないということです。

 車の渋滞を利用して組織的に仕組まれた物乞いが横行しており スラム街の子供が
人のバッグを強奪する場面に出くわしたり 日本人と判れば何かにつけ しょうもないことにかこつけて 
しつこくチップをねだってくるし お金を貯蓄するとか節約してお金を使うなどの概念がなく
あればあるだけ 使ってしまう浪費家が主流を占めており ボーナスが支給されても 
数日後には給料の前借や借金の申し込みが日常茶飯事で お金で いやなことにも楽しいことにも 
たくさんたくさん経験させられるお国柄であることから 私は、彼らをどこまで信用していいのかがわからず 
どんなに親しくなってでもわが身を守る安全のため性悪説でフィリピン人には接していました。

このように フィリピンでの  体験からくる 私のフィリピン人の感想は最悪でしたが 
フィリピン民衆の精神的支えであった ホセ・ リサールを知って 彼が 生きながらえて 
フィリピン文学を確立して 教育に力を注いでいたら フィリピン人の性質も 
向上心にあふれる人種だったかもと考えれば残念です。

たとえば 失敗したら 他人に責任を転嫁したり 言い訳がましいことばかりいったり 
他人の噂話が好きなフィリピンの民衆であり デマや誹謗中傷が多くて 
情報を取得する場合は、何を信用すればいいのか判断に苦慮しました。

とにかく 地獄のさたまで金次第 と揶揄(やゆ)されるほど あからさまにカネにまつわる
エピソードがたくさんありすぎて  カネの亡者 お金の奴隷といっても過言ではないほど 
命を狙われるほどのお金のトラブルが付きまとう国です。
だから私のように どこに行くにしても単独で行動すれば 命の保障は出来ないと誰からでも
注意を受けていました。

一人

このフィリピン人のような こんな格好して 日本人と悟られないように
現地に溶け込んだ服装でダウンタウンを闊歩してましたが やっぱりフィリピーナには
隠しとおすことが難しく よく街中で声をかけられていましたが 
なぜ日本人とわかるのかとたずねれば 足が短いからとのことでした (カナシイぃぃぃ~~~)

また ポンビキの生態と それにまつわる 地方から出てきた女学生の実態を 
ブログが公のものであることを忘れて 親しい友人たちに話すように  面白おかしく
興味を引くような書き方をしたら ある一人の女性の携帯電話のメールから長文の苦言を
コメントに頂き、この話題を削除したこともありました。
だから一般の日本人の最大の関心事は 女性にまつわることですが 面白い話はたくさんありますが 
残念ながらここでは話せません。

日本のコメディアンながいひでかず も引っかかりました 日本人の観光客を狙った
セットアップ強盗(美人局)にだけは気をつけてください。 
裏には警官が手引きしてます。
無罪放免になるには数百万円の大金を支払わなければならなくなります。

ある公的機関の日本人がこれに引っかかり 顔見知りだったマカティの警察署長の力で
無罪放免となった日本人もいます。
セットアップ強盗は、非常に参考になる興味ある話なのですが 
面白おかしくなってしまいそうなので残念ながら公表できません。

そんな反面 彼らは敬虔なクリスチャンなのです

ナザレの画像
ナザレの画像

民衆が十字架を担いだ黒いナザレ像からご利益(ごりやく)を得たいがために 
この黄色のTシャツを着た人たちに自分のハンカチやタオルを投げ込み 
ナザレ像を拭いてもらって投げ返してもらってありがたがってる風景です。

フィリピンの特徴は イスラム教圏が居並ぶ東南アジアの中で唯一のキリスト教国であり 
スルー海などフィリピン近海での漁業が盛んで ナボタスを主にしてジェネラルサントスなど
各地から多くのいろんな種類の漁船の引き合いがあり 
またマニラやセブ イロイロなどを拠点にして各地から物流の輸送手段としての
貨物船や民衆の足の変わりになる高速艇やフェリーボートなどの引き合いがたくさん来ていました。

そんな多くの種類の船が必要となるほど 多くの島々で形成された海洋国家であり  
多くの少数民族で構成された多民族国家であることから 地方に行けば 田舎に行けば 
フィリピンの現地語であるタガログ語が  まったく 通じなくなる場所もあり 
現地のガイドと通訳を臨時に雇う必要が出てくることも多々ありました。
フィリピンの奥深く入れば モスレム(イスラム教徒)とキリスト教徒の間に起こる
民衆を圧政から解放するゲリラ戦争という名の下に起こる利権争いに巻き込まれことにでもなれば 
命あってのものだねなのです。
夜の夜中の銃撃戦は 怖さを忘れたらという前提のもとに
それはそれは命からがらの最高の花火大会です。

アメリカナイズされた画像
日本人がくれば 物珍しげに まじまじと見られる下町のフィリピンの若者たちの娯楽施設ビリヤード場

 多くの言語を持つ多民族の集合体であるフィリピンでは 統一言語を必要とすることから 
学校教育で彼らの幼稚園から 大学まで 一貫して アメリカ文化を取り入れた英語での教育がなされ
ビジネスも英語が主に使われており日常生活も英語が理解できれば タガログ語が理解できなくても
なんら困らない国なのです。 
そんなお国柄でありますから町を歩けば 娯楽やスポーツに接してみれば 
いたるところにアメリカナイズされた文化や思想が目に付くのです。

アメリカ陸軍士官学校 ウエスト・ポイント 卒業生のラモス元大統領に代表されるように 
フィリピンの指導者は 高級官僚はアメリカ留学の経験がある人たちまたは 
アメリカナイズされた人たちで構成されているのです。
太平洋戦争以降の歴代の大統領を上げれば マルコス も アキノ もエストラダ も  
アロヨも そして現在のアキノの息子 ベニグノ・アキノもアメリカなくして 
またはアメリカに逆らっては大統領にはなれないのです。

それだけ アメリカに頼りきった国であり 日本以上の アメリカの属国なのです。
そんなお国柄で なぜ ホセ・リサールが 国民的英雄として 祭り上げられてるのかといいますと 

その影には
アメリカの巧妙でしたたかな 占領政策が 見えてくるのです。

そこで話を ホセ・リサールの話題に戻しますと
スペインの圧政によって民衆がいかに苦しんでいるかの苦しむ姿を 「我に触れるな」(タイトルはラテン語) と  「反逆者」 というスペイン語で書かれた ホセ・リサールの著書によって スペインに対してフィリピン民衆の生活改善を世に訴えたことにより スペイン政府から弾圧を受けるきっかけとなっていったのでした。 
その内容は、 フィリピン人にも聖職者になれる権利を与えること 言論の自由を認めること 
法的平等を与えること を訴えており そのスペインの植民地からの独立を求めて 
1896年に秘密結社カティプナンが 独立闘争を始めると この独立闘争の扇動者として 
民衆への見せしめのため マニラ湾の見えるロハスブルバード(ロハス大通り)沿いの
イントラムロス(城壁都市)
サンチャゴ要塞

サンチャゴ要塞の正門画像の近くの土地で 
同年12月30日に フィリピンの精神的指導者である ホセ・リサールは銃殺されたのです。

その土地が今では 市民の憩いの場として観光のスポットの場として
リサール公園としてリサールの銅像とともに フィリピン民衆の心に残されているのです。
その後アメリカがフィリピンをスペインから解放することを 大義名分にして スペインを破ったが

 アメリカ兵はフィリピンを侵略しスペインに取って代わってフィリピンを占領したのです。
その侵略に反抗するフィリピン人60万人をアメリカ兵は虐殺したのです。
この反乱を鎮圧するという大儀によって虐殺が行われたことがアメリカで報道されるようになって 
やっと虐殺は鎮静化されていった。

風刺画
風刺画 
アメリカ兵の残虐さが当時のニューヨークジャーナルに掲載された風刺画に残されている。
この風刺画を注意深く観察すれば
それは、アメリカ兵がまさにフィリピン人を銃殺しようとする背景に まるでスローガンみたいにして
 アメリカの自由の象徴である白頭わしの上に インディアンの土地を強奪した虐殺の歴史を繰り返してると
受け取られるように「10歳以上のものは皆殺し」と 書かれており 
アメリカ兵の残虐さを批判しているのでした。

この虐殺の事実をフィリピンの苦悩の歴史としてフィリピンの学生に学校で教えているのだろうか? 
このことについて語ったフィリピン人を 私は知らない。

そして アメリカのフィリピン占領政策は、スペインと戦ったホセ・リサールを 
民衆の心に強く焼き付け 英雄に祭り上げることによって アメリカから独立を勝ち取ろうとして戦い 
後にアメリカに投降して アメリカの傀儡政権 となった フィリピン初代大統領 エミリオ・アギナル 
など独立の闘士たちにスポットが当たらないように したのです。 

 このようにして視点を変えてみれば、 マスゴミや菅直人を使って 
アメリカの意に背く小澤一郎のイメージを悪くするように持っていく 
アメリカの巧妙に仕組まれた したたかな日本占領政策が垣間見れるのでした。


このようにアメリカの占領政策の一環として フィリピン民衆は 家畜のようにアメリカに
従順に振舞うように洗脳されれば 人間が生きるための尊厳は 、フィリピン人の南方特有の
おおらかさによって 独立心や勤労意欲が削がれて 当たり前のように ゆすり・たかりの文化が 
警察・税関職員を含むあらゆる機関の公務員を中心にして根付いていったのだと思っています。

フィリピン経済の象徴
フィリピン経済の象徴マカティー

 フィリピン経済は 華僑によって占有されて機能して発展をしています。
彼らの裸一貫からのし上がったエキサイティングな苦労話を聞かされるたびに彼らの商売上手には
脱帽するばかりです。 彼らとの裏のない本音で語ってくれたビジネスには見習うことの反面 
非常に警戒しなければならないところも多々ありました。

多くの外国人がフィリピンで起業されてますが 会社を興しても出資は出来るが登記簿上は外国人は
代表取締役にはなれず 代わりにフィリピン国籍を持った人間を社長にすえなければなりませんが 
儲かるようになると誰が実質的な社長かも忘れて お金のトラブルでパートナー解消という出来事が
100%発生します。
そしてフィリピンの経済の最大の特徴は出稼ぎ国家であるということを忘れてはなりません。 
また、それにまつわるビジネスもたくさんあります。

肉体労働やメイドなどの職を求めて 中近東やシンガポール アメリカ ヨーロッパへの出稼ぎのため 
また 日本へは ジャパゆきさんを目指して 各国の大使館には列を成して申請をしているのです。
特にアメリカ大使館でのビザを取得するための申請は多くのフィリピン人が毎日 列を成していました。
このように経済だけではなく政治や軍事においてもアメリカに従い ただただ ただ金魚のふんのように後をついてまわれば 安泰という雰囲気が伺えて どうせアメリカにかないっこないという あきらめムードが漂った 
独立心を捨て去った国に感じてしかたがありませんでした。

そんな日本もアメリカにはかないっこない 逆らえないという雰囲気が 
菅直人政権にも見られてTPPやアメリカとの安保条約が履行できるか出来ないかなど 
まるで日本は独立国家ではないことを内外に発表しています。

それもこれも  第二次世界大戦から始まったと私は感じています。
日本も どうせアメリカにはかなわない 特に軍事面ではかなわないのに無謀な戦争をし掛けた
ようにルーズベルトと山本五十六によって歴史的既成事実が作り上げられて
日本人は洗脳されていったのでした。

アメリカ・イギリス連合国側は、ABC包囲網とハル・ノートを日本に突きつけることによって
本当は戦争をしたくなかった日本を 経済的に追い込み逃げ場をなくさせて
アメリカに戦争をし掛けさせたのであって その当時の日本の国力からすれば
短期戦に持ち込めば勝ち戦は見えていたのです。
 
だが日本海軍においては、無謀な戦いミッドウエー海戦の惨敗によって 
太平洋戦争は長期化していったのでした。

日本の頭脳であるエリートの集まりであった軍令部(今で例えれば財務省)が 
多くの現場の指揮官のミッドウエーでの海戦は準備不足で早すぎるとの反対を無視した あげく 
さらに 開戦シュミレーション(机上での演習)では何度もアメリカ海軍とミッドウエーで戦っても
負け続けたのに あんまり山本五十六が言うから という理由だけで 軍令部のトップは勝てる根拠もなく
ミッドウエーで一戦を交えたのです。

太平洋戦争の敗因は ミッドウエーで負けたことがすべてだったのです。

この海戦により制海権 や制空権はアメリカのものになり快進撃を続けた日本陸軍は補給路を断たれ 
アメリカの物量作戦の元に敗れ去ったのでした

第3波攻撃までしなければならなかったのに参謀の意見を無視して 第一波攻撃だけでお茶を濁した 
こんな山本五十六の中途半端な真珠湾攻撃を検証してでも わかるように
こんな愚将を 天才とたたえることにより アメリカは日本国民に 
アメリカには絶対かなわないと洗脳していったのです。

そしてアメリカGHQは、3S政策(スクリーン・セックス・スポーツ)を巧妙に使って
民衆を洗脳して 占領政策を成功させていったのでした。

 山本五十六を日本国民の英雄と祭り上げて フィリピンではアメリカと戦った 
ミゲル・マルバール、 アポリナリオ・マビニやフィリピン陸軍の父と呼ばれてるアルテミオ・リカルテ 将軍
など アメリカと戦った反米の人たちを民衆の目からそらすためにスペインの圧政と戦ったホセ・リサールを目くらましのように目立たせて スペイン軍や日本軍の悪行だけを世界に発信して 宣伝して アメリカの良心は偉大であり 圧政に対する民衆のための解放軍と宣伝して 日本やフィリピンを利用してアメリカは世界の警察官であると宣伝して国連を作って世界に アメリカ合衆国を認めさせていったのでした。

テーマ:フィリピン - ジャンル:海外情報

フィリピン経済特区
画像は現在フィリピンで活躍されてる方のご好意によりブログから許可を得て使用してます。    
ブログのタイトルは“フィリピンの中心で愛をさけぶ”です。

フィリピン メトロマニラの魅惑的な夜景
メトロマニラ


フィリピン マニラの漁業会社がひしめくナボタスへ行く途中 南方特有のスコールに出会うと
インフラがまだ整備されてない路地裏では 道路はすぐに冠水する。
マニラの路地裏

今日の龍馬伝を見て考えさせられたのは 

不満分子を集めて組織を作ることは
容易い(たやすい)が この組織の目的である尊皇攘夷を遂行させなければ 組織は自ら崩壊する。
そして 組織を維持するためお金がいる。

今の自民党のドタバタ劇が組織維持の難しさとは何かを反面教師として教えられる。

そんな事を考えてたら 極東におけるアメリカ軍の目的はなんであったかである。
 共産主義からの驚異の排除を大義名分にしてたが 今は過去の遺物にしかすぎない。

現在は、アフガニスタンでの戦争という利権を存続させるには 
アルカイダという実態のない組織と戦うためには あるいはテロ戦争という利権を拡大させるためには 
海兵隊の兵站部を地政学上沖縄から移動させなければ 莫大なお金がいる。 

しかし 莫大な借金をしているアメリカは お金を捻出することができず 日本に頼ろうとしている。
グアムに海兵隊を移転させる莫大な費用 グアムでの莫大な基地建設費を日本政府から出してもらうため 
元アメリカ政府高官や アメリカのいいなりになる日本のマスコミを動かして 世論操作してるのが現状である。

そこで
フィリピン スービック湾に面した フィリピン経済特区を報道ステーションで知って 考えたこと

そこは、米軍の基地があったところで 米軍に出て行くことを望んでたフィリピン政府や国民は 
いざ米軍が出て行くとなると慰留にと説得に回った。
今ではこの元米軍スービック基地は アンヘレスと呼ばれる一大歓楽街へと変貌したのは知ってたが 
経済特区になってるとは 知らなかった。

この報道の狙いは 沖縄の米軍が撤退しても フィリピンのように米軍跡地を活用して 
経済特区として生まれ変われば 多くの雇用が生まれるから フィリピンに学ぶところも多いのでは 
と言いたかったのであろう。

しかし フィリピンの一般庶民は 外国へ出稼ぎ率は変わらず 経済特区によて
フィリピン経済が上向いたと考える人がいるのだろうか 
この経済特区は役人のゴネ得く 小遣い銭稼ぎの場となってるのでは と危惧してしまうのです。

また経済特区で
どんな優遇処置が受けられるのだろうか の説明がない 片手落ちの報道だったので
ネットから調べてみた
その優遇措置とは
・4~8年間の法人所得税免税(インカム・タックス・ホリデー)が適用
・法人所得税免税後、全ての中央・地方税に代わる特別税5%が適用
・機械設備、スペアパーツ、原材料の輸入関税の免税
・外国人労働者を雇用することが可能
・社員の研修など人材育成費用の税控除
・外国人投資家および家族に永住権保証
・100%外国資本企業が認可

この優遇処置の中で一番目を引いたのが 100%外国資本企業が認可されることである
フィリピンで起業されてる方には またこれから会社を起こそうとされる方には朗報かもですね

この事を報道することもなく
何か上っ面だけのお知らせのようで この報道の無責任さが見えてくる。

まさか このテレビ報道を鵜呑みにして フィリピに進出する 中小企業など 
いないと思うが 私のフィリピンの体験を思い出した。

まずは一般庶民の労働に関する考え方である。
まず遅刻は日常茶飯事当たり前 これをただそうとすれば フィリピンでビジネスができなくなるぞ
と脅される。

またこんな信じられないことも数回あった。 
多額のボーナスをもらった途端 病気とか など うそとわかるような理由をつけて休む 輩もいた。
そして だんだんと 連絡もして来なくなる そして手持ちの金がなくなる頃に出社してきて 
前借りの申し出である。  

日本人はみんな金持と思い込んでいるので たかりやストリートギャングの標的になったり 
あるいは 彼らの 借金の申し出を断れば 逆恨みされる。

正社員になった途端 適当に働く 正社員の不正を発見すれば解雇は当たり前だが この国では
外国企業は簡単にフィリピン人を解雇できない。 それどころか不当解雇として訴えられ 
100%敗訴となり 賠償金を払わされる ましてや どんなにフィリピン人が悪くても 
プチ暴力を振るっただけでも 逮捕される。

街で一番怖いのは マフィアでも強盗でもない それは 自称法の番人 警官である。
警官が美人局に変身する これをセットアップ強盗と呼ぶ。
そして裏では 闇の社会を牛耳って いて 殺し屋 いわゆるヒットマンへと変貌する。

とにかく税関も入管も警官も税務署も政治家もゆすりたかりを 生業として 
賄賂を至極当然のごとく要求してくるのには ほとんどの日本人 や外国人達 あるいは 
フィリピンで根づいて フィリピン経済を牛耳っている華僑達など 癖癖している。 

だから郷に入れば郷に従えを絵に描いたようなことをして
政府高官を取り込んでいる人たちもいる。

入国の際 税関 入管へ賄賂を払わなかったら 嫌がらせされる いわゆる荷物の中身を 洗いざらい
ぶちまけられて 一つ一つ ねちねちと検査という名ばかりの質問攻めにあう。 
後ろで待ってる人たちはイライラしている そして 「こいつら金が欲しんだから 金を恵んでやれよ」
と言われた事もあった。

DHLで税関を通じて 正規に部品などや書類を日本から送ってもらえば 税関に呼び出されて 
関税と称した 不当な金を要求され 断れば その現物を渡さないどころか 次回から嫌がらせが続く。

知り合いなどを通さずに 適当に 街で探した メイドを雇えば 日用品が少しづつ なくなっていく 
今日の朝まであった急須がないけど どうしたか と聞けば 割ったと答えるので 
割った急須をもってこいと言えば 捨てたそうだ。
どこに捨てたかと聞けば 私を嘘つき呼ばわりする といって泣き出す。 

街中で 置き引き 掻っ払い 強盗にあえば 日本人が一人で街を散策するからだと いわれ 盗人よりも
油断してた私が悪いとたしなめられるほどの社会常識が一般庶民には蔓延している。

そんな彼らと うまく付き合うには 性悪説に基づいて 人間づきあいや 商売をしないと 
うまくやっては行けないのが 現状だと思います。

フィリピンに駐在員として働かれてる方 商売されてる方 老後の余生をフィリピンでと考えてられる方
遠い過去の私の体験ですが 私以上の体験をされてると察しがつきますが  どうか凹まずに 怒らずに 
気長に おおらかに ハメを外して 気楽に頑張ってください。 
としかいいようがない社会ですよね! 

フィリピン国税局 BIR 個人の小遣い稼ぎのための いちゃもんつけて の 法人にたいしての
ゆすりたかり は日常茶飯事
経済特区なんて 聞こえはいいが 果たしてどこまで機能してるのか 疑問だらけ 
報道するなら
通行人の振りをした 役人らしきフィリピン人に コメントを求めるよりか 
ジプニーで通勤してる一般大衆に マイクを向けて
インタビューすべきではなかったか など 報道に偏向を感じる 今日この頃でした。

まだまだ思い出したので 追記しますと
スーパーマーケットで 客を 平気で待たせて だべってる レジ打ちの 女の子の 
接客の悪さに 癖癖させられたり

空港職員からチップを要求され 財布から500ペソ抜き取られたりで これって泥棒だけど
そんな意識が皆無 な人もよく見かける。

チップほしさに 近づいてくるのはいいが 当人の思ったよりもチップが少なかったら
ケチと 罵って立ち去る 輩には 癖癖するよりか 何か悲しく 凹んでしまう。

フィリピン人スタッフを 「さん」づけするなと きつくたしなめられ たが 
私はみんなを尊重するつもりで 「さん」付けでフィリピン人スタッフを呼んでたら 
何を勘違いしたのか 私のことを上司として扱われず 同等あるいは下と見なされ 仕事がやりにくくなった。

フィリピンで生き抜くためには 商売を順調に行うためには このことを頭に入れて 性悪説に基づいて
フィリピン人と接すれば 曲りなりにでも 上手くいくと思った。
これが フィリピンの現実であり 誰もが こんなことに悩みながら 克服しながら 
ビジネスを営んでいる事を報道すべきであり これに気づくべきであった。

龍馬伝のドラマの中で 龍馬が弥太郎に 「自分のやりたいように生きてみたく思わないか」
と熱く語ってたのが印象的だったが 自分のやりたいように私なりに生きてみてこう思った。
周囲をハラハラさせるし 迷惑をかける そして 自分を貫き通すには 人間が横着にならなければ
あるいは 横着者でなければ 波乱万丈の人生の道をさ迷うことはできない。

次回は 非核三原則を破った日本との密約を 公表したアメリカの意図を探ってみます。 



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