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近藤長次郎の切腹から見た海援隊という組織
近藤長次郎の墓

この画像は ブログ仲間のイナッキーさんから拝借しました。
場所を知りたい方はここをクリック

「梅花書屋氏墓」は、小曾根邸の離れの屋敷名をとって墓碑に記されているそうだ。
筆跡は龍馬のものとされている
今日の龍馬伝 先週見れなかった。 残念である 今日はぜひ見るぞ との意気込みで
夕方から どこへも出かけなかった。 

そこで長次郎のことであるが
 
亀山社中の本来の仕事である
長州までの武器の運搬は 近藤長次郎の手腕によって運営されてた。
薩摩から命を受け、武器商人グラバーから新式小銃ミニエー7300丁を手に入れ 
長州へ運搬することに成功した 長次郎は 長州で、この任にあたった、
伊藤俊輔(伊藤博文)と井上聞多(井上馨)から日本では考えられない 優れた西洋事情を聞けば 
誰でもとは言わないが 行ってみたい 見てみたい 訪問したい 学んでみたい と思ってもおかしくはない。
そこで、グラバーに英国への密航を手助けしてもらうことにした。

海援隊仲間に単独密航がバレた長次郎の行く末は 

『維新土佐勤皇史』によると
「皆、上杉(近藤長次郎)の告げずして洋行せんとするを烈火の如く激怒し、『拙友を売るの奴、盟約に拠りて直ちに制裁を下すべし』と即決し、この夜一同小曾根(英四郎)の別荘に会し、数人往きて上杉を拉し来りぬ。まず、沢村(惣之丞)等一同は容を改め、『およそ事大小となく相謀りてこれを行うべきは、社中の盟約に背く者は、割腹してその罪を謝するの明文あり。不幸にして社中にその人有り。割腹して謝せよ。』と。言おわらざるに、上杉にわかに色を変ず。沢村再び呼んで曰く、『その人は上杉宗次(ママ)郎君なり』と。上杉、とっさに口を開かんとするや、沢村忽ち大渇して曰く、『この期に臨み弁疏(ベンソ)は無用なり』と。さすがに上杉も逃れぬ所と決心し、『いかにも約の如く割腹して、諸君に謝し申さん』と。ついに席を設けて自刀したるは、実に慶応二年丙寅正月十四日の夜の事なりき」

そこで 土佐勤皇の志士を ほめたたえるための 『維新土佐勤皇史』であり 
多分 土佐勤皇の志士 沢村(惣之丞)を
ほめたたえるため 彼の独断専行を 印象づけてはならないため 社中盟約なるものが 
まるで存在するかのように 体裁を保つため の
この作者の作文ではなかろうか と思ってしまう。
 

そこで海援隊約規 と照らし合わせながら なぜ 長次郎が切腹しなければならなかったか分析してみた。
(一度当ブログで分析したので重複します)

海援隊約規
 1、凡嘗テ本藩(土佐)ヲ脱スル者及佗(他)藩ヲ脱スル者、海外ノ志アル者此隊ニ入ル。
   運輸、射利、開柘(拓)、投機、本藩ノ応援ヲ為スヲ以テ主トス。
   今後自他ニ論ナク其志ニ従ッテ撰入之。
 
  (勝海舟により幕府以外の他藩からも広く人材を集めて日本のためになる
  人材育成のための学問を神戸の海軍操練所で開いたが 
  幕府の疑念により閉鎖にいたり その行き場のない人材を
  塾長であった坂本龍馬が見込んだ仲間たちが集まった土佐藩の仲間たちを
  主にしての仲良し共同体である)

 2、凡隊中ノ事一切隊長ノ処分ニ任ス。敢テ或ハ違背スル勿レ。

  (隊のことで揉め事が起こった場合は、隊長にその処分を任す 
   となってるが 隊長にお伺いを受けようとせず 
   話し合いの中で単独密航を企てた近藤長次郎を 沢村は追い込んで
   切腹させてしまった。)

 3、若暴乱事ヲ破リ妄謬害ヲ引ニ至テハ隊長其死活ヲ制スルモ亦許ス。
  凡隊中忠難相救ヒ困厄相護リ、義気相責メ条理相糺シ、若クワ独断果激、儕
  輩ノ妨ヲ成シ、若クハ儕輩相推シ乗勢テ他人ノ妨を為ス、是尤慎ム可キ所敢
  テ或犯ス勿レ。 

   この3項は何を基準に決めたのか さっぱりわからない。 
    これを一言で相互扶助で翻訳していいものか はなはだ疑問である。

    だから何かことが起こったときの明文化がなされてないので 
    日本人得意のあいまいに和を尊重しての話し合いで解決させようとしての
    混乱が生じるであろう。

    (近藤長次郎を独断で切腹させたメンバーたちが規約違反だと思われるが 
    共同体の和を保つためには、責任転嫁が徐々に 一人の人間に集中していき 
    その人間が切腹すると罪は免除されて 問題は解決したように見られるが、 
    実際は ひとつも解決されてはいない。 
    龍馬曰くオレがいたら死なせはしなかったのにと 
    規約を無視した隊員をとがめることもなく いつまでも この事件の尾を引いている。)

  4、凡隊中修業分課ハ政法、火技、航海、汽機、語学等の如キ其志ニ随テ執  之。
    互ニ相勉励敢テ或ハ懈ルコト勿レ。

    (学問に励むことにたとえて 修行と明記していることに注目した。
    亀山社中運営に当たっては海援隊は、これらを学んで、
    これらを機能させなければならないのでは そうすれば勉学を競い合って
    勉学に励まなければならないのでは。 
    しかし共同体では競争を嫌うために 学問を修行と位置づけている。
    だから 共同体を維持するためには 皆同じでなければならず 勝手に
    単独で 密航など 企ててはならぬ )

  5、凡隊中所費ノ銭糧其の自営ノ功に取ル。亦互ニ相分配シ私スル所アル  勿レ。
    若挙事用度不足、或ハ学科欠乏を致ストキハ隊長建議シ、出崎官ノ給弁ヲ竢ツ。

    (自ら得た利益は隊員みんなで 平等に分配するという共同体の概念が盛り込まれてるが 
     給金が不足した場合は隊長が出崎官に不足分を出してもらう。
     いろは丸が長崎出港に際して後藤象二郎から岩崎弥太郎にたくされて
     土佐藩の援助百両と社中メンバー16人へ毎月5両の給付を受けている。 
   
     後に薩摩藩から各月に3両5分ほどの給付を受けることにより 営利追求よりも
     共同体を維持することに土佐藩 薩摩藩が費やしたようだ。)

     近代的考えを持ったと見られる海援隊も 

     このように規則をひとつひとつ検証してみると 
     機能集団として動くのは不可能である。
     組織を機能させる命令系統が まったく見られない。 

     龍馬がリーダーかもしれないが すべて話し合いという 
     絶対的規範で 先輩後輩もしくは年功序列で 物事の 
     すべてが決定されていた としか思えない。

     近代的といわれる海援隊も日本人の独特の伝統文化である
     共同体を受け継いでの発足が伺える。

     維新史研究室が所有してる龍馬が左から3人目に写ってる海援隊6人のスナップ写真を
     じっくり見て感じたのは
     同級生同士の集合写真に見えてくるのですが。

そんな仲間意識からの逸脱行為いとして 近藤長次郎は受け取られたのでしょう。

「坂本龍馬手帖摘要」によると、長次郎を
「術数有り余って至誠足らず。上杉氏身を亡ぼす所以なり」と評した。 

この龍馬の評価から長次郎を分析すると
あまりにも頭が良すぎたばかりに 長次郎は、仲間たちからは 浮いた存在となり 
疎(うと)まれてしまったようだ。 

この頃 FMトーキング や 昨日のNHKでの番組 歌番組にでてる ましゃを見かけることが多くなった。 
次回またこの頃の福山雅治の心の中を 勝手に分析して見ます。



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テーマ:龍馬伝 - ジャンル:テレビ・ラジオ

龍馬伝 から学んだ 人生の生き方
P1060213.jpg
今日の龍馬は ドラマの中で 勝麟太郎との出会いにより 
エキサイティングでわくわくする 先が見えた 人生が見えてきたと
確信した喜びが伝わってくるドラマだった。

それは やっと自分の生き方を見つけた というセリフが如実に物語ってる。  

人は誰でもまずは自分のために生きている。
それが後から 人の為 国のために役立つことに気づく そして 動機づけ付けとなる。 
勝も 龍馬も 武市半平太も 誰でも 最初の行動の指針は 自分の満足を満たすために行動する
それが本物の動機である。 

自分のために思うがままに生きることができなかった人 や 
自分の生き方を見つけることができなかった人 それは 
子供のことを考えたら 家族の事を考えたら 親兄弟の事を考えたら 
何もできなかった と語る人は
他人に自分を表現するための 言い訳だと思う。

そのセリフの 動機は  失敗することが怖いからである。

だから 立派な船を持ってても 港に係船させたままにしている人は 
得体の知れない 広い海などに出航して 誰も航海したくはない 
いつ沈没するかもわからない荒波の中に 船を進めたくない。

自分の生き方を見つけることとは 家庭を顧みることが難しい 
また人からの批判や 失敗などを恐れない事を覚悟しなければならないと確信した。 
そして 最も重要なことは失敗した時の悲惨で惨めな覚悟も必要だ ということです。

例えば 自分のための動機づけから考えれば  立ち上がれ日本党 だが 
この党の結成の動機は ニッポのために立ち上がったそうだが 
平沼さんは郵政民営化反対の旗頭と一方の与謝野さんは郵政民営化賛成の急先鋒とくれば 
彼らの一致するメリットは新生党ができれば 政党助成金がもらえるし 
自民党にいても70歳を超えれば定年退職しなければならない だから もう一花咲かせるには
あるいはもう一度立ち上がるには 人からなんと言われようとも 思想信条は丸反対でも 
自分のためには この新党結成しかない。 と誰もが確信してる動機づけだと思います。

そこで龍馬の脱藩の動機づけですが その裏にあるのは 何があったのでしょうか 
と 思ってる一人であります。

なぜなら 脱藩直後(文久2年3月末~8月)の龍馬の足跡を調べてみるが
資料がありません。 間諜ならば足取りは謎なのが妥当です。
 
文久2年8月。千葉定吉のほかに千葉重太郎、千葉佐那子もいた。
桶町千葉道場(おけまちちばどうじょう)に現れ た後は土佐藩同志 や長州藩士らと 
知り合いになるため積極的に交流を図り、越前藩主・松平春嶽にも謁見している事から 
足跡が謎の間は長州や薩摩に土佐藩の密命を受けての情報収集などの積極的な隠密行動を
取ってたと推理してます。 そして12月に勝海舟邸を訪問しています。

幕末の志士達の死亡率80%といわれてる 幕末の動乱を生き抜いた 
あの用心深い勝が脱藩浪士を簡単に受け入れて右腕にする訳がない。

今も昔も世界各国ではハードな軍事にからむ情報を取得するには 間諜として捕獲された場合を考えたら 
情報漏えいのため まずは身分を捨てなければならない。 
だけど諜報活動のため諜報機関からは 活動費が支給される。 
だから密使は、出処の分からないお金を潤沢に持っている。

と考えれば 手紙は飛脚に頼むしかない時代に こまめに手紙を書いて 龍馬の姉さんや
いろんなところで知り合った各藩の友人たちなどに 手紙をしたためるための 
お金の出所が分からない不思議さ なぜなら 飛脚に頼んでの配達は 5両はかかるとも聞いてる。

そこでなぜ頻繁に姉さんに手紙を書いたかと推理すれば
姉さんに書いた手紙に 添付されて もう一部の手紙があったといわれている それが
土佐藩への情報を伝えるための密書であるといわれている。 

裏付けとしては、 それに該当する宛名の分からない 暗号文のような内容が理解できない 
不可思議な龍馬の手紙も発見されている。

龍馬は借金上手で 借金を踏み倒すのも上手だったとしたたかな面を持っているが
彼のバックには 信用できる 確かな組織が介在してたのかもしれないです。

とまたまた 不思議な魅力を持つ 龍馬の実像に迫ってみました。

テーマ:龍馬伝 - ジャンル:テレビ・ラジオ

あくまでも大河ドラマ 龍馬伝
P1070737.jpg

またもや 史実を曲げた ドラマが構成されていた。

弥太郎 21歳の時 勉学のため江戸へ旅立つが 志半ばで 弥太郎が 
あわててふるさとへと帰らなければならない 大事件が起きた。 

それは庄屋と父親の不仲が原因で 酒の席で庄屋と 父弥次郎は 取っ組み合いのけんかとなり 
庄屋の子分たちに袋叩きにあい 畑仕事に精出すことができなくなるほどの大怪我で あった。 

その時の喧嘩では 父弥次郎だけが
奉行所からお咎めをうけ 牢屋へと入れられた。 

そんな父親の無念を晴らすため 父親の冤罪を奉行所に訴えでるが 聞き入れられず
その悔しい想いを 奉行所の壁に かきなぐった そして 弥太郎も奉行所の心象を悪くして 
お縄ちょうだいとなった。 

その落書きは ドラマにも出てきた。
「官は賄賂を以て成り、獄は愛憎を因って決す。」

裁判などと言うものは 裁判官が公平に裁かなければならないのに 権力者に媚び諂い 
自分の好き嫌いなどご都合主義で裁く ことを弥太郎は訴えたかったのであろう。。 

このように弥太郎は父親おもいであり 人を妬むような人物ではなく 
学問を武器にして戦う正義感の強い男であるのだが 。

しかし なぜだか 福山龍馬のイメージアップを意識しすぎた 
ドラマ構成になりすぎてるのが  気がかりである。

長崎では 昨日は知事選があり 自民党が押す候補が知事に当選した。
これもひとえに 官あげての 小沢 鳩山政権のイメージダウンを図る 大マスコミが
 関係者という 得体の知れない情報源を頼りに裏もとらずに 垂れ流した結果かもしれない。

漆間元副官房長官が自民党にまで捜査は及ばないと 公言したように 
特捜部の捜査は自民党にまで いまだに及んではいない。

 ネットの中では 自民党議員を名指しで 具体的に公表しているが 
特捜部は動かないし 不問にしている。 
そして 大マスコミは 報道しようとしない。

吉田東洋と弥太郎の出会いは 弥太郎の深い知識がなければ書けない藩の財政
立て直しの貿易論を後藤象二郎がパックて東洋に提出したが 吉田東洋に見破られ
弥太郎の貿易論が 吉田東洋に認められたのである。

これがきっかけで 弥太郎は藩の役人となっていく。

NHK大河龍馬伝を酷評すれば、 今回だけは たとえドラマとはいえ 
あまりにも 史実とかけ離れている。

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