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長崎くんち(その2)
私が子供の頃は“おくんち”が愉しみでした。私だけではなく誰でもです。
長崎くんち

なぜか? それは娯楽の少なかった昭和30年代から40年代に長崎すべての小学校、中学校、高等学校は昼までで授業が終わり、我々は、大波止周辺に設置された“てきや”の出店(でみせ)、サーカス、お化け屋敷、見世物小屋へと、クラスメイトと共に繰り出したものです。
長崎くんち

長崎くんち

そのとき“たかり”にあったり、けんかを売られたり、そして 夜遅くまで友人たちと遊びに夢中になり補導員に補導されたり、家に帰るのが遅くなり両親に心配かけたりしたことが今は懐かしく思い出されます。 足の踏み場もないほどの人ごみの中 長崎中の人々が大波止周辺に集まったのではないかと思うぐらいほどの人波がどこまででも続いてました。
長崎くんち

だから私が18歳のとき受験で東京へ上京した時 池袋、新宿、渋谷の人ごみを見て 友達にいいました。“毎日がおくんちやっか” (毎日がおくんちみたいだね)

上記のことをわかってもらうために写真を撮りました。画像で確認してください。

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長崎くんち(その1)
毎年10月7日~9日の期間盛大に行われる長崎の祭りです。
それはさかのぼること寛永11年(1634年)から続く伝統ある祭りです。
長崎くんち-諏訪神社

長崎くんち-舞台

長崎弁で9日を“くんち”と発音する、だから陰暦9月9日の重陽の節句に始められたことから“くんち”と呼ばれるようになったということが一般的な説のようです。
午後1時から花火の音を合図に3基のみこしが諏訪神社から大波止に設けられたお旅所まで若い衆に担がれて練り歩き、時には走りぬけるのです。(7日往路、9日復路)
長崎くんち-山車

長月くんち-奉納

長崎くんち-担ぎ手

担ぎ手の長をしてる友人からいつも聞かされてたことですが神主のお払いをう受けた後、軽かった“みこし”が重くなるそうです。 不思議ですね。
長崎くんち-山車をくぐる

ご神体が宿る“みこし”の下をご利益を得るために長崎の人はくぐるのです。



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